30年ぶりかの再読ですが、経年劣化している箇所があるのは仕方のないことで、この作品の持つ枠組み、世界観といったものは書かれて半世紀近く経ているとはいえ、少しも古びていないような気がします。単なる懐古趣味ととられるかもしれませんが、こういうふうにしっかり書き込まれた作品がもっと新刊書で読みたいものです。いわゆる「エンタメ」と呼ばれるジャンルの作品の、正直なにが「エンタメ」なのかさっぱりわかりません。僕が「エンタメ」という呼称を耳にするたび連想するのは、職業作家という名にふさわしいこういう作家の書いた作品です。
不変おすすめ度
★★★★★
まず、レビューの中で肝心な箇所、
結末をお書きになっている方がいらっしゃいますが、それは反則ですよ。
この本は、読み進むにつれある程度の展開は読者も想像に難くありません。
しかし、そうでありながらも「何故、何故?」と心を揺さぶられてしまう魔力があります。
主人公の青年の持つエゴは、形は違えども誰しも少なからず持っているものでしょう。
青年期に抱く閉塞感や末期感をグサリと書ききっている石川達三は恐るべし!です。
決して今風の新しさや奇を衒ったところもない作品ですが、
今、10代の人が読めば返って新鮮な感もあるかもしれません。
自分にとってこの作品に出会えたことは(遅まきながら)、財産です。
普遍的な若者の愚かしさを描いた小説おすすめ度
★★★★★
江藤健一郎は遊びで付き合っていた登美子を妊娠させてしまい、結婚をせまられる。しかし健一郎は資産家の叔父の娘と婚約しており、叔父の財産を逃すことを恐れた健一郎は登美子を絞殺する。
優秀で打算的。江藤に限ったことではなく、現在でも同じ資質を持った若者はたくさんいるはずだ。目をつぶって考えれば、私の周りにいる何人かの友人の顔が思い浮かぶ。
若者が持つ危うさ。その言葉の響きは魅力的だけれども、実際は破滅へ導くこともある危険なものだということを本書は教えてくれる。若い時分には信頼できる大人の助けが必要なこともあるのだが、若さゆえに驕ったり人を見下したりしてしまって、なかなか周囲の声に耳を傾けられなくなってしまう。後生大事に抱えている自尊心がいかにくだらないかに気付けば、江藤も本書のような結末を向かえずにすんだはずだ。江藤と同年代の今、他人事には思えない身につまされる読書体験をした。
こういうのが読みたい小説おすすめ度
★★★★★
石川達三の作品は正直古臭いものが多い。
結婚観とか男女間とか。。。
でもたまに当りがある。
本作がそうだし、他には個人的に「望みなきに非ず」。
こういう小説が読みたくてしょうがない。
でも、何か特殊な題材をもってきたり、
特殊なテクニックを駆使しないといけない風潮が多く、
本来の小説のあり方をかけ離れてきた気がする。
テレビドラマや映画なんかも実は一緒で、単純であることは悪であるかのよう。
ベタでもいい。
とにかくこんな小説が読みたくてたまらない。
青春時代の夢と挫折を描いた実験小説
おすすめ度 ★★★☆☆
石川氏は家族関係を中心とした実験小説を持ち味としていた。本作はその代表作で映画化もされた(萩原健一、桃井かおり)。本作発表後、「「***」の蹉跌」という言葉が流行した程話題になった。
実験小説なので、人物設定は過度に人工的である。自分の夢と欲望のため恋人を殺す青年。その恋人。青年が狙う影が薄い令嬢。ラスコーリニコフ的上昇志向を持つ青年の、文字通り夢と挫折を描いたものだが、理念で書いているので、"本読み"には物足りない描写が多いであろう。作者が文学的に高い評価を受けないのは、この辺に原因がある。この如何にも人工的な物語を首骨できれば、主題は悪くないと思うのだが。
誰にでもある青年期の夢と欲望を拡大化して見せて、「夢とは、希望とは、誠実とは」を読者に問いかける問題作。