心に吹く風―髪結い伊三次捕物余話
前刊で龍之進と結ばれた徳江が、義父の友之進からきいという新たな名を与えられ、
シリーズの新たな一員に加わる。龍之進の妹・茜と同い年で不幸な生い立ちを持つ
きいは、リスのようによく動く明るい少女ながら要所要所でその生い立ちならでは
の深い言葉で周りを動かす。本作では火の見櫓に立てこもった女下手人を説得し、
伊三次の息子、伊与太に裏店で死んだ女の一生の話をして人生の迷いを払拭させる。
男勝りで気の強い茜にきいのキャラクターが加わり、若手陣にも厚みが出てきた。
伊与太と茜の関係にも僅かな進展があるが、それぞれの道にまい進するこの二人も
楽しみだ。だいぶ出番が減っていた主人公の伊三次・お文の場面が増えたのも嬉しい。
特にお文姐さんの久々の啖呵が懐かしく「よっ!姐さん!」と声が出そうになった。
富子すきすき (講談社文庫)
表題作他、五編の短編集です。
一作目、「藤太の帯」は、平将門の首を討ったとして名高い、俵藤太の百足退治の意匠が縫い取られた帯が、藤太に何らかのゆかりを持つ少女四人の間をめぐり、それぞれの生き方に少しずつ影響を与えてゆくという、少し不思議なストーリー。謎めいた古着屋が登場したりして、ドラマで見てみたい感じです。
しかし明るい印象が残るのは一作目のみ。あとの五作はなんとも切ない話ばかりです。
この人と、もし違う場所で出会っていたなら。あの時、自分の気持ちが違っていたなら。
あの時こう言っていれば。そして、あんな事さえ起こらなければ、今頃はー。
「堀留の家」は兄妹のように育った二人の、
「富子すきすき」はあの有名な事件で一家の主を失った家族の、
「おいらの姉さん」は一心に花魁に憧れ続けた置屋の下男の、
「面影ほろり」は幼い頃に体験したほろ苦くも懐かしい思い出を、
「びんしけん」は長く独り暮らしを続ける不器用な男の短い初恋を、
それぞれ、後悔しても戻らないと知りつつ、想わずにはいられない人々の姿が描かれています。
何かがもう少しだけ違っていれば、幸せになれたかも知れない人々。
失ってしまったものに寄せる愛惜の想いは、今も昔も少しも変わっていなくて、一作読み終える度ごとに、涙、涙の一冊でした。
深川にゃんにゃん横丁 (新潮文庫)
深川にある裏店(長屋)の雇われ大家の徳兵衛を中心に、近所に住む人たちにまつわる話が、6話からの連作となっています。この周辺は猫が多く、“にゃんにゃん横丁”とよばれるくらいなのですが、猫が人様の話にうまく絡まってきて、特に最終話の「そんな仕儀」は、にゃんにゃん横丁ならではの終わりかたでした。
他に「香箱を作る」では、これは、猫のある仕草を例えると知り、ちょっと勉強にもなりました。また「雀、蛤になる」は、一茶の句<蛤になる苦も見えぬ雀かな>を引き合いにだしながら、それをうまく練り上げた話で感心しました。
装丁や挿絵も小説にほどよい彩りを添え、短編集としても私好みの作品が多かったです。とくに最初の「ちゃん」は、途中で泣けてくるくらい心に響く人情話でした。
彼岸花 (光文社時代小説文庫)
江戸を舞台に、人と人との出会い、絆を描いた
6つの作品からなる短編集。
人によって、幸せの形は様々。そして、幸せは
お金では買えるものではない。
そんな当たり前のことを思い出させてくれる作品。
さらば深川―髪結い伊三次捕物余話 (文春文庫)
不破友之進との関係修復が最大の関心事ですが、皆ちょいとひねくれた江戸っ子だけに簡単にはいきませんね。けれど、黙っていても時は過ぎ、人もまわりの環境も変わっていく・・・。
一作目「幻の声」の完成度が高かった分、新鮮な驚きは無くなりましたが、キャラクターの個性や舞台設定に「間違い無くこの先も面白いだろう!」と確信できる安定作品となりました。
タイトルからも連想できるのですが、次回作へ期待を膨らませる終わり方も流石。
山本一力さんの解説も面白く、満足できる一冊です。