キル・ビル Vol.2 [DVD]
VOL1の少しワザとらしいアクション、アニメの挿入、音楽などは、流石タランティーノだと、馬鹿馬鹿しくも面白おかしく観れました。で、モノトーンのクレジットシーンの中で、ピンク色の文字で「This is love story」と出てくるのに、「?」と疑問を感じていた方は、Vol2をご覧あそばせ。Vol.1の馬鹿ばかしさは影を潜め、渋く進んでいくストーリー展開は、Vol.1のエンディングに演歌が流れてきたのと同じくらい、ぶっ飛びました。なぜBillがキドー(umaの演じる人物の本当の名前でした。pussyじゃなかったのね)を殺そうとしたか、Billとお腹の中で死んだと思っていた娘との再会を果たしたキドーの選んだ最後の選択、そしてそんなキドーのすべてを受け入れるBillの男としての器の大きさ…。監督の狙いだとわかっていても、最後はやはりジーンときました。ただ、挿入音楽は、断然1の方がいいと思う。F.シナトラのご令嬢が切なく歌っている主題歌「Bang Bang」、独眼エリーが口笛吹いていた可愛い恐ろしい曲は、Bernard HerrmannのTwisted Nerveはお気に入り。サントラ盤もお勧めです。
キル・ビル Vol.1 (ユニバーサル・ザ・ベスト2008年第2弾) [DVD]
主演女優さんはこれを「フェミニスト映画」のように語っているが、ならば、タランティーノ監督はワグナー並みのフェミニストということだろう。この映画の女性たちは人間ではない。神話の女戦士である。ワルキューレである。ヒロインはブリュンヒルデだ。ヒロインの父親格であり師匠であり恋人でもあるらしいビルがジジなのはワルキューレたちの父である北欧神話の主神ヴォータンがジジなのに似ている。タランティーノ監督がどこまで意図したのかは分からないが、もしかしたらば期せずして、原型的男女関係を再構築してしまった感じがして面白い。
よって、この映画はウマ・サーマンとダリル・ハンナが荘厳なまでの金髪のアマゾネスとして輝いていれば成功なのだ。実際、見事に輝いている。この四肢長くカッコイイ女優さんたちのアクションと激しい感情の吐露を見ているだけでワクワクする。見よ、日本刀片手にした彼女らがいかにカリスマ的で神秘的で美しいか、とタランティーノ監督は讃えたかったのではないかと思う。一緒に讃えられる観客には楽しいことこの上ない映画だが、ストーリー運びとかプロット積み上げの相乗効果とかとか気になってしまう方々には文句はあるだろう。
ちなみにダリル・ハンナはSF的容姿の美女で、ロマンチックコメディの「ガールフレンド」役で存在感の割に惜しい配役をされてきた女優さんだった。本作のエル・ドライヴァーで「これだ!」という使い方をされていて嬉しくなってしまった。ダリル・ハンナのエル・ドライヴァーは鼻血が出るほどカッコイイ。ところでヒロインとエル・ドライヴァーの因縁話でもって続編があるような話を最近耳にしたのだが、ダリル・ハンナは既に御歳五十で環境保護活動家と化しているはず。続編、出来るのか!?
キル・ビル Vol.1
トレイラーの映像に乗って流れる、血湧き肉踊るナンバー。
ただこの曲のために買って、まさかこれが日本の曲だったとは夢にも思わず。
もちろん、それ以外にもタランティーノチョイスな22曲。
やはりタランティーノの、音楽に映像を乗せるセンスは素晴らしい。
キル・ビル Vol.1【字幕版】 [VHS]
妊娠中に殺人集団 に頭を打たれ4年間植物人間状態だったユマ・サーマンはあるとき突然目覚め、、復讐を始める。タランティーノ監督が主演のユマサーマンの出産が終わり、体が戻るまでまって、撮影に入った事で有名な久々の作品ですね。タランティーノがほれ込んだ
ユマ はとっても魅力的です。しかしすごい立ち回り。素晴らしいですね。テンポといい、アニメが入って来るタイミングといい、音楽といい非常におもしろい作品です。半分日本的なこののりは、ちょっと古いですが、ブレーランナーの、あの日本の猥雑な描き方とちょっと似てますね。
ド演歌の挿入の仕方もツボにはまっていました。
このアニメチームも日本のチームで、この一作で昨年のデジタルメディアの賞をとりました。
わたしはイタリアあるいは、スペイン系の監督が好きなんですが、彼らは女性を描かせるとやっぱり抜群なんですね。
好きな監督のほとんどが、ラテン系なんだけど、このタランティーノはアメリカですねでもどこかラテンの香りがするんだけど、なぜかしらね。笑
タランティーノとユア・サーマン 見事な創造と申しておきましょう。
キル・ビル Vol.1 & 2 ツインパック [DVD]
一言でいえばVol.1はチャンバラ、Vol.2はメロドラマ。
「映画を撮ったら長くなってしまったので2本に分けた」なんてことをどこかで聞きましたが、結果として功を奏した形となっていると思います。「復讐」を縦糸とする別モノとして楽しんで正解です。好き嫌いはあるでしょうが、どちらが欠けても成立しない映画です。
通しで見ても私自身は細かい部分での疑問点が残るのですが、両映画のエンディングで梶芽衣子が流れる(それぞれ別の曲です)と妙に納得できてしまいます。梶芽衣子の演歌をなぞってこの映画は作られているのだ、と考えれば単純な映画で、気楽に楽しめるエンターテイメントに仕上がっていると思います。ひょっとすると、この両作の縦糸は「復讐」ではなく「梶芽衣子」かもしれません。^^;