日本文化私観 (講談社文芸文庫―現代日本のエッセイ)
「日本文化私観」は、日本文化と日本人のあり方についてさらりと述べた随想です。
フランス人はパリが第三帝国に攻められたとき、ルーヴル美術館所蔵の作品を避難させることを優先させ、
それはフランスの運命を変えてしまったという。フランス人よりフランス文化の保全を選んだのであった。
このことを考えるに、日本人はあくまで日本国の文化を守るべきなのだろうか、
それとも日本国の民の生活やその利便を守るべきなのだろうか。
という話から始まります。
この書籍の表題は「日本文化私観」ですが、併録されている他のエッセイも面白いです。
織田作之助の死に寄せて書かれた大阪論である「大阪の反逆」は、
織田作之助の「可能性の文学」への返答にもなっています。
「デカダン文学論」に見える凄まじい夏目漱石批判も読み応えがあります。
目次
I.
ピエロ伝道者
FARCEに就て
長島の死
神童でなかったラムボオの詩
牧野さんの死
スタンダアルの文体
フロオベエル雑感
かげろう談義
茶番に寄せて
文学のふるさと
日本文化私観
青春論
II.
処女作前後の想い出
堕落論
欲望について
デカダン文学論
続堕落論
花田清輝論
二合五勺に関する愛国的考察
私は誰?
恋愛論
大阪の反逆
織田作之助 (ちくま日本文学 35)
織田作之助の文庫版短篇集で、現在廉価で購入できるのは、『夫婦善哉』(新潮文庫)、『ちくま日本文学35 織田作之助』(ちくま文庫)、『六白金星 可能性の文学 他十一篇』(岩波文庫)の三冊であろう。
新潮文庫収録の六篇は全て、ちくま文庫及び岩波文庫のいずれか(あるいは両方)と重複しているため、ちくま文庫及び岩波文庫を持っているなら新潮文庫は不要だ。
ちくま文庫と岩波文庫とでは、「可能性の文学」「アド・バルーン」「世相」「競馬」の四篇が重複する。
このちくま文庫には「馬地獄」「夫婦善哉」「勧善懲悪」「木の都」「蛍」「ニコ狆先生」「猿飛佐助」「アド・バルーン」「競馬」「世相」「可能性の文学」の全十一篇が収録されており、織田の代表作を綜覧するにはよい。
夫婦善哉 (新潮文庫)
大阪は道修町の化粧品問屋の跡取り息子「維康柳吉」は三十一歳の妻子持ち。お人よしのボンボンだが、金さえあれば飲んでまわる放蕩息子だった。 一方、曾根崎新地の芸者「蝶子」は小学校を出ると、あちこち女中奉公に出て、十七歳の時、自分で希望して芸者になった。陽気で声自慢、座持ちがうまかったので、たちまち売れっ子になった。その蝶子が柳吉にぞっこん惚れた。惚れた身には柳吉のどもるしやべり方にも誠実さを感じた。勘当になった柳吉を 蝶子はヤトナ(芸も見せる出張仲居)までして、二人の生活をささえたが、柳吉は安カフェーへ出かけて、女給を口説いたりする始末だった。 作者が「大阪の市井という魂の故郷を再発見しよう」と意気ごんで書いたこの作品は、大阪下町の男女を通して、大阪人の生活感覚をユーモラスに描いているが、単なる風俗小税ではない。 暗い時代背景の中で、しっかり者の蝶子とだらしない柳吉のコントラストがかもす雰囲気が秀逸。 織田作之助は五人姉弟で、姉が三人、妹が一人いた。この「夫婦善哉」のモデルは、次姉と、その夫だと言われている。長姉の竹中たつは、作之助が世に出るまで、夫婦仲が険悪になるほど物質的援助を惜しまなかった。 「夫婦善哉」」は昭和三十年東宝で映画化されている。
わが町 [DVD]
待ってましたー!!待望の「わが町」DVD発売です。
とある映画館のサヨナラ上映で観て以来”ベンゲットのたーやん”が忘れられず
ビデオ化もされてないようだったので上映がある度に映画館へ出かけてました。
いわゆる川島雄三的な作品ではないですが…名作です!
ボロボロになりながらも車を引いて、娘を、孫を、男手ひとつで育てあげる
たーやんの生き様に凄まじいパワーを感じます。
またそれを温かく見守る長屋の人達、今は聞く事のない美しい大阪弁。
人は死ぬまで”一生懸命に生きなければいけない”と教えてくれる映画だと思います。
夫婦善哉 [DVD]
昭和7年の大阪を舞台にした、曽根崎の売れっ子芸者蝶子が、森繁久彌演ずる、実家の船場の化粧問屋を勘当された柳吉を、冷たい世間の風に晒されながら、健気に支える人情噺。
粋でいなせであるが、口先ばかりで飽きっぽい、生まれついてのボンボン気質が板についた柳吉を、流暢な大阪弁でたくみに演じる森繁がすばらしい。日陰の身を儚みながら、自らの存在理由を証明するかのように、店を切り盛りする気丈な大阪女を演じる淡島千景もまた同様に艶がある。
柔らかい、流れるような大阪弁を堪能できるのも魅力。昭和初期のモダン都市大阪の代表的風俗、曽根崎界隈、自由軒のライスカレー、船場の問屋街の風景にノスタルジーを感じる。言葉は現在でもあまり変わらないところは、上方言葉がいかに大阪人にとってのアイデンティティになっているかを証明している。
豪商の金銭感覚について興味深い話もある。柳吉の巧みな作戦で、実妹から仕送りさせた金が300円。その後、肺を病んで畳んだおでん屋を売り払った金が250円。この頃の豪商の羽振りのよさと、飲食店を開店する敷居の低さは、現在と比べると隔世の感がある。これほどの財力を見せつけられると、最後の最後まで自分を冷遇する船場の実家への未練たらしい気持ちもわかろうというもの。