金環蝕 (岩波現代文庫)
生真面目で実直な登場人物が、意図し意図せざるして、汚職構造を作り上げていくさまを、丹念に描いている。緊張感と切迫感がありありと伝わってくる。組織を逸脱できない堅物な人間が陥る先を、抉り出すように描いている。骨太な登場人物は、山崎豊子『華麗なる一族』と双璧をなす。
四十八歳の抵抗 (新潮文庫)
娘の結婚を控えた知人に聞いたことがあります。自分自身、「できちゃった結婚」をしたのに、娘のそれは断固として許せない。今、許せない気持ちと寂しさでどうしようもない心境だと。
勝手でしょ?自分だって同じことをしてきたのに、自分はいい、娘はだめだ…なんて。
誰もがいくつもの顔を持っている。例えば男ならビジネスマンの顔。夫の顔。父の顔。男の顔。それぞれの顔に焦りがあり、矛盾がある。この「48歳の抵抗」では、そういう複雑な心の中が丹念にたどられています。でも、感情の起伏にまかせて書いているのではなく、むしろえっ?と思うくらい淡々とその心境がつづられています。だからかえって、自分の感情が移入しやすかった。こんな考え、勝手すぎると思いながらも、反面、わかるわかると納得しつつ完読しました。
実は私、この本を手に取ったのは、題と同じ年齢だからです。いまだと、もう少し上の年代、「55歳の抵抗」って気がしますね。だってこんなに落ち着いてないもの、私。
神阪四郎の犯罪 [DVD]
「真相は薮の中」。そんな映画です。
森繁は偽装心中の嫌疑で起訴された雑誌編集長を演じています。
法廷での関係者の証言による回想場面で森繁は、ひとりの人物を様々に演じ分けていて、
この映画を観た後にずっしりと残る“凄み”は、森繁の“技量”と、心中相手の役の左幸子の
“狂気”に因るところが大きいように思われます。
この時期森繁は、アチャラカものも含め、多くの映画に出ており、DVDになってるものも
多くありますが、森繁の“凄み”を体感したい方、この作品はオススメ。
人間の壁 (上) (岩波現代文庫―文芸)
1986年に購入して一度読んでいたのを再読した。四半世紀を経て読んでみると、教育界の時代の変化を痛感する。昭和30年代前半のおそらく九州佐賀県を舞台としている教育界の状況が、まるでノンフィクションのようにリアルに描かれている。一クラス60人近いすし詰め学級。教員不足。産休も満足に取れず、代替の教員も配置されない。このような劣悪な状況の中、教師たちは、貧しくも努力を重ねていく。主人公の尾崎ふみ子先生の周辺にいる多くの教員の姿が、はっきりとした輪郭で描かれている。
組合活動について書かれているため、やや問題小説として扱われているのだろうか。これだけの名作であるにもかかわらず、書店から消えつつあるのが残念でならない。
むしろ、ここに登場する教師一人一人の日常のたゆまない努力、教育に対する情熱を若い人たちにも知ってもらいたい。
ぜひ、手軽な文庫で多くの人に読んでもらえるよう、新潮文庫での再版を期待する。