新釈 走れメロス 他四篇 (祥伝社文庫 も 10-1)
『夜は短し歩けよ乙女』を読んで楽しんだ人にお勧めする。短編はすべて同じ仮想京都を舞台とするからだ。詭弁論部があり、パンツ番長戦があり、図書館警察があり、単位取得と桃色遊戯にあまり熟達していない男たちが力いっぱい阿呆をやりぬく、あの大学の、あの文化祭のサイドストーリー集でもある。
短編集であるため物足りない感じもする。が、短編ごとにがらりと雰囲気を変えて見せた上で、登場人物が次の章のどこかに出てくるようなオムニバスになっている。そこに体はあるけれども心が場と一体になれぬ人の孤独感が、この本の全体に共通して登場人物の誰かが感じているものでもある。
南禅寺から銀閣寺までの哲学の道から蹴上インクラインの桜並木が出てくれば、思い出に胸が詰る。河原町から烏丸の四条の地下道も、桂駅から嵐山までも懐かしい。景色も、原作の風合いもさることながら、短編ごとに変化する作品の気配の違いを味わうことが面白かった。
此岸礼讃
最大公約数の欲求をいち早く把握分析し、多額な広告宣伝費をかけて、アーティストを商品として売り出し、ヒットチャートを賑せる現在の音楽事情。ビジネスとして当り前のことで、否定するつもりは毛頭もないが、現在メディアから流れる大抵の音楽は「非常に優れた商品」でしかない。しかし人間椅子の音楽は「音による芸術作品」と言えるだろう。特に今回の作品「此岸礼讃」は、和嶋氏の気迫に物凄いものを感じる。言葉にすると陳腐になるが「命を削って創られた作品」と敢えて言いたい。その分、他の方も書いていらっしゃる通り、鈴木氏は一歩引いている感もあるが、それは歌詞に関してだけ言えることで、重くて野太くて力強いベース、独特な節の歌声、自他共に認める奇声と、人間椅子として必要不可欠な要素を担っている。ドラムのノブ氏も間違いなくこれまで発売されたアルバムの中で一番良い仕事をしており、加入後すぐのライブで「ツーバスはじめて叩きましたー!」と叫んでいたとは思えない成長振りに、ただただ敬服し感謝の意を表したい。
なんて理屈がなくても「此岸礼讃」は超格好良いアルバムです。先述の通り、万人向けの音楽ではありませんが、出来るだけ沢山の方に聴いて欲しいです。かれこれ20年くらいファンをやっていますが、人間椅子に出会えて本当に良かったです。本当にすごいバンドです。このような作品と同じ時代に生まれ、触れることが出来たことを嬉しく思います。ありがとう人間椅子!それでもってこれからもよろしく!
羅生門 [DVD]
「七人の侍」「用心棒」「椿三十郎」などの主要な黒澤映画はDVD化に際して、聴き取りにくいオリジナルの音声トラック以外にもリストアした音声トラックを追加したり、日本語字幕を収録したりと、名作を少しでも多くの人々に観て欲しい・わかって欲しいという努力をしていましたが、この「羅生門」にはそうした配慮が一切ありません。
「羅生門」は1950年の作品であり、「七人の侍」「用心棒」「椿三十郎」などよりも古い作品です。当時のままの音声は状態が悪く、かなり聞き取りにくいです。せっかくDVD化するのであれば、手間のかかる音声リストアはなくても、せめて字幕はつけて欲しかったというのが率直な感想です。
作品自体は★5なのですが、巨匠の名声にあぐらをかいた後年の販売者の怠慢な態度に★-1という感じです。