ペスト大流行―ヨーロッパ中世の崩壊 (岩波新書 黄版 225)
面白いがちょっと物足りなさが残る。ペストが大流行して、おびただしい死者を出し、医学が無力だったこと以外どうだったのか、があまり書かれていないからだろう。「ここでは詳しく立ち入る暇はないけれども、キリスト教社会が基本的に、占星術や錬金術を非合理、非科学的として、厳しく拒斥し続けていたことは、記憶されなければならない」 いやあ、立ち入って欲しかった。
興味深いことは多々書いてあるが、暗示にとどまってしまう。新書=入門書というような位置づけであったらば、まあよいのかもしれない。もっと知りたい、という気持ちを起こさせる本ではある。
感染地図―歴史を変えた未知の病原体
新聞の書評を見て「エピデミック」と共に購入。
この物語には、致死的な細菌と、急成長する都市、そして天賦の才を持った二人の男という四つの主役が登場する。百五十年前のある一週間、底知れぬ恐怖と苦痛に見舞われたロンドン、ソーホーにあるブロード・ストリートで、この四つの主役たちは交差した。
―― 『感染地図』の「はじめに」より
と言うことで、1848年にロンドンの下町であるソーホーにあるブロード・ストリート−急成長する都市−で大発生したコレラ−致死的な細菌−の感染源を“天賦の才を持った二人の男”こと医師ジョン・スノーと牧師ヘンリー・ホワイトヘッドが画期的な統計調査で感染源を特定しついにはコレラのていくスリリングな“探偵”物語。
当時は最近やウイルスと言う概念はなく「瘴気説」という「悪い空気が病気の元」と言う説が主流だったが、ブロード・ストリートで発生したコレラをに関する情報を徹底的に収集し調べるうちにジョン・スノーは奇妙な点に気付く
・発生地区のど真ん中にあって死者が出ていないビール工場。
・三方がコレラ死亡者の家屋で囲まれていたにも係わらず、ブロード・ストリートの共同井戸ではなく市の給水と院内の井戸水を使用していたので救貧院での死者が535人中わずか5人だけだった例。
・コレラで死亡した弟の家へ来てブロード・ストリートの共同井戸の水を飲んだ兄が、翌日の夕刻に発病した例。
・ブロード・ストリートの共同井戸の水を送って貰っていた郊外の一家のコレラによる死。
そこから導かれる答えは当時としては非常に画期的なブロード・ストリートの共同井戸による「飲料水感染説」でした。
仮説を立てたスノーは立証の為にブロード・ストリートの牧師ヘンリー・ホワイトヘッドの協力を得て、まず一軒一軒の家を訪ね死亡者の発生場所を地図上に記入し、彼らの行動をつぶさに調べていくと“死者の声なき声”はブロード・ストリートの一点を指していた。
次の週、スノーとホワイトヘッドは委員会に井戸の閉鎖を提案し多数決で認められ、ブロード・ストリートで猛威を振るったコレラは収束へと向かっていくのだった。
その後の追跡調査でもコレラ感染者はこの井戸を飲用していたことが判明し汚染源が完全に特定される。
井戸のすぐ側の隣家地下の汚物溜から汚物が井戸に混入していたのだった。
「コレラは飲み水に潜んで人にうつる」かくしてスノーとホワイトヘッドは現代に通用する「疫学」の始祖となった。
コッホが病原体としてのコレラ菌を発見する35年も前に、細菌学や顕微鏡など何も効果的な武器のなかった時代に、ただ唯一の足と頭と言う武器だけで感染源を特定し、「瘴気説」と言う世の中の常識と未知の致死的な病気と戦った偉大なる先人たちの記録。
「スノーをよく知る人はみな、彼がどんな犠牲も危険もかえりみず調査を続ける男かを知っている。コレラがいるところ、つねにスノーありだった」
ウィーン ペスト年代記
巷では新型インフルエンザの蔓延で騒がしいが、伝染病の代表格であるペストが欧州の主要都市ウィーンでどのように猛威をふるい、人々がどのように対処していったかを定点観測する。中世からルネサンス期、バロック期に至るまで繰り返し見られたペスト流行に焦点を合わせ、最後の章で19世紀末に3人の犠牲者を出したウィーン総合病院における「実験室ペスト」事件を採り上げ、そのありさまを年代記的に描き出す。
表紙の絵は一度見たら忘れられない姿形をしているが、17世紀に描かれた防護服を着たペスト医である。本書の中でも「嘴(くちばし)博士」として学識ある医者というよりむしろ奇怪な仮装大会を思い起こさせると記されている。しかし当時ペスト患者を診察する医者や介護者の死亡率の異常な高さを考えると、決して笑い事ではない。我々だって一斉にみんなマスクをして街を歩いたのはついこの間のことではないか。伝染病というものは、正体がわからなければいつの時代であろうと恐怖の対象であるということだ。
“眠り病”は眠らない―日本発!アフリカを救う新薬 (岩波科学ライブラリー)
皆様はアフリカ睡眠病というアフリカで発生している感染症をご存知でしょうか?
これはトリパノソーマという原虫が体内に侵入することで生じる寄生虫感染症です。本書はこの睡眠病の現状、研究の歴史、現在の日本の研究グループの新薬開発を紹介したものです。
アフリカ大陸では数十万人が感染し致死的ですが、この感染症がアフリカに限局していること、この感染症の薬剤は利益が望めないことから、neglected disease(顧みられない病気)と呼ばれています。この注目されない病気ですが、家畜などの動物にも罹り、健康被害の他に、農耕などの経済的活動にも影響が大きくアフリカで問題となっています。この人間活動の大きな障害は最近始まったものではなく、先史時代から存在しており、例えばアフリカ大陸への家畜の伝播は、このトリパノソーマ汚染地域を逃れるように広がったことは明確で、この病気と人間の文化や文明などの関連も興味深いものです。このような関連はジャレイド・ダイアモンドが名著「銃・病原菌・鉄」で指摘しているもので、アフリカ大陸での一例として面白い。
本書ではこのような現状の解説に加え、研究の歴史の説明も詳しい。原因となるトリパノソーマ原虫ですが、ロベルト・コッホもこの感染症に注目し、志賀潔・秦佐八郎らと共に研究を行った化学療法の父であるパウル・エールリッヒもこのトリパノソーマの研究を発展させ、梅毒の初めての治療薬サルバルサンを開発しノーベル賞を獲得しましたし、最近では生物学で「RNA編集」という現象が知られているのですが、これもトリパノソーマで初めて見つかった現象です。
本書は、国際貢献、文化人類学、アフリカ諸国、感染症、医学・薬学・生物学などに興味ある人たちには一読の価値があると思います。